She was alone.





パリの秋の日。
透き通るような晴天。


なのに。
なのに誰もいない。
ターニャもフランクもユンロンも、今日はみんな忙しいと、
ランチに誘ったのに断られてしまった。
リュカも黒木くんもポールも、お茶でもしようと誘ったのに、
振られてしまった。
ムッシュー長田やアンナも、不在で。
自棄になって電話したRuiにまで、断られてしまった。
先輩は、今ごろ空の上で震えてるはずだし。

「なんだかつまりまセンね…」

ただぼおっとピアノの前に座り、呟いてみる。
練習する気にはなれなくて、なんとなく弾いてみる即興も
ちょっとさみしいメロディになってしまう。

「センパイは、何時に着くのかなあ…お迎えに行こうかなあ…」




Rrrrrrrr…


さみしさが最大限になったとき、不意に鳴った電話。

「…allo?」
「人の家の電話に勝手に出るなって言ってるだろ」
「先輩?!」
「元気か?」
「今は飛行機だったんじゃ?」
「予定より早い便に乗れたんだ。外に出てこないか?…迎えに来いよ」
「え…?あ…ハイ!行きます!飛んできます!」

パリの街中の、いつものカフェで待ちあわせを決めて。
荷物もたくさんあるはずなのに、飛行機で憔悴しきってるはずなのに…
帰りにデートだなんて、しかも先輩から言いだすなんて、珍しい。
嬉しくて、急いで身支度をする。


2週間ぶりに会ったセンパイは、変わらずかっこよくて。
しかも、いつになくやさしくて。
手を繋ぎ、ゆっくりと歩くパリの街。

あー、誰とも遊んでなくて、よかったかも…
なんて、ちょっと皆に振られたことを感謝して。

「お前さ…欲しいもん、あるか?」
「え?」
不意打ちの質問に驚く。
「だって、お前、誕生日だろ、今日」
「あ…覚えててくれたんですか…?」
「だから急いで帰ってきたんだよ」

思わずセンパイを見上げると、耳まで赤くなって、照れていた。

「あはは!ウレシイ!」
思わず先輩の身体にしがみつく。
「こ、コラ、歩きにくい!」
「…センパイが急いで帰ってきてくれただけで、プレゼントになりました」
そう呟くと、先輩はさらに赤くなって。
「うん…おめでとう…」
抱きついていた私をゆっくりはがすと、頬に軽くキスをしてくれた。
「でも、プレゼントは買ってやるよ」
と言って秋色に彩られたブティックに連れていかれた。

「うん。これがいい」
先輩が選んでくれたのは、飾りもなにもない、
シンプルだけど、明るいピンクのドレスで。
「これから食事に行くから、着て帰るぞ」
と、結局、アクセサリーから靴まで、それにそろえて買ってもらってしまい
おまけにメイクまでされてしまった。
その間、私は何がなんだか判らないまま、されるがままの着せ替え人形のようになっていた。

「よし、行くか」
その声に覚醒して慌てて先輩の手を取る。
先輩はタクシーを止め、慣れたふうに行き先を指示した。

え? そ、そこは…

タクシーが止まったのは、私たちの住むアパルトマンの前。
先輩は、一度時計を確認し、うん、と呟くと部屋へ向かった。
慣れた手つきでドアを開け、私をそっとエスコートして中へ通す。

そして私の顔を、これ以上ないくらい優しい笑顔で見つめると、
ゆっくりとリビングのドアを開けた。




「Heureux anniversaire! ノダメ!!!」


…え?…え、ええ!?

そこにはターニャにフランクにユンロンに、
リュカに黒木くんにポールに、
アンナにムッシュ長田に、Ruiに…おまけにミルヒーまで…
みんなが笑顔で私に向かってクラッカーを放った。


「こ、これは何事ですか…?」
「ん? ターニャとフランクが、お前のバースデーパーティーやろうって言ってきてさ。
どうせなら、サプライズにしようって」

ぼう然と立ち尽くす私を笑顔で見つめながら、輪の中へと押しやる。
次々に手渡される花束やプレゼント。
華やかに飾り付けされた室内。
テーブルに並んだ色とりどりの料理。
一際目立つ、大きなケーキ。

「演奏旅行に出てたから、呪文料理はないけどな」
先輩が、耳元で囁いた。

「ノダメちゃん、今日は一段とカワイイですネーvvv」
真っ赤なバラの花束を手に、ミルヒーが近づいてきた。
「…ミルヒーまで来てくれたんですか…うれひぃぃぃ…」
「ノダメちゃんのためデスから!
…なんて、次のお仕事がパリなんでね。チアキと一緒にパリに来ました。
チアキ、今日は君だけのノダメちゃんじゃアリマセンからね!」
「はいはい…でもセクハラは厳禁でお願いしますよ」
「さあ、楽しいパーティの時間です!というわけで、早速野球拳でも…」
「おい、ジジイ…」




宴のあと。
皆がそれぞれ部屋に、自宅へ帰り、まだ呑むとごねるミルヒーを
なんとかホテルまで送り届けた先輩も、憔悴した顔で帰ってきた。

「はぁー。あのジジイ、ここに泊まるって言いだした時にはどうしてやろうかと思ったよ…」
私を抱えるようにしてソファに座って、先輩が呟いた。
「うふふ。やっと二人きりですね」
そう言って軽くキスを交わす。

「でも、まさかこんなことになるなんて思いませんでした。
…昼間みんなに振られちゃってたし。誕生日なのに…って、ちょっと淋しかったんです」
「そりゃ、お前と一緒にいたら、パーティーの準備できないからな」
「…真一くん…あの…ありがとうございました」
「うん?」
「こんな素敵な日にしてくれて…」
「いや、オレだけじゃないし」
「みんなにも言いましたけど…でも…嬉しかったデス」
「それを言うならこちらこそ…」

真一くんは、そっと触れるようなキスを、私の唇に落として。


「ありがとう。生まれてきて、オレに出会ってくれて…」


そんな素直な言葉に、思わず照れてしまう。
「…いつになく、素直ですね。真一くんがそんなこと言うなんて」
「うん?今日ぐらいはね…」
そう言ってポケットから小さな箱を取り出した。
「ん。誕生日プレゼント」
「え?さっき服とかもらいましたよ、たくさん」
「あれは実はジジイから。これは、オレから。…手、出して」

恐る恐る差し出した手のひらに載せられた、小さな箱。
そっと開くと、赤く輝くルビーの指輪。

真一くんは、私の左手の薬指にそっとその指輪をはめながら言った。
「結婚とか、そういうのはまだ考えられないけど…
でも…ずっと…来年も、再来年も、この先ずっと一緒にお前の誕生日を祝いたいんだ。
その、約束…本物は、ふたりが一人前になったとき、
ふたりでやっていけるって自信をつけたときに、買ってやるから」
「………」
「のだめ?…恵?」

真一くんの黒い瞳が、私をのぞき込む。
でも、潤んでよく見えない…
何も、言えない…

「せ、せんぱいぃぃぃぃ…うれひぃぃぃぃ…」
涙と鼻水まみれの顔を、真一くんの胸に埋めてやっと出た言葉。
何も言わず、やさしく私の髪を撫でる先輩の手があたたかい。
あたたかい手に心が安らぎ、ゆっくりと顔をあげると、
照れた顔の真一くんの、ちょっと潤んだ瞳が見えた。


「…愛してる」

真っ赤な顔して、めったに言わない愛の言葉を囁く真一くんがあまりに愛しくて。

「もう一度…もう一度言ってください…」
「えっ?…そ、そんな何度も言えるか」
「いいじゃないですか。減るもんじゃないし」
「こういう言葉は、重みが減るんだ!」
「愛してる人に、愛を伝えて重みが減るもんですか。逆に増えちゃいます。はい、もう一度」
「鼻水たらしてくしゃくしゃな顔の変態になんて…言うもんか」
「むきゃー!こういう顔にさせたのは誰ですか?!
ていうかさっきはこの顔に向かって言いましたよ!」

怒る私を見て大笑いしながらも先輩は、私を抱き締めて、耳元で囁いた。

「…Je t' aimerai toute ma vie.」



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