千秋真一お誕生日SSその1


恋愛セオリー10のお題より

「5.期待と不安」



夕刻。薄暗くなったパリの石畳の道を帰路に着く。

2月も中旬だが、パリの寒さはまだまだ続いている。
行き交う人も皆、コートの衿に顎をうずめるようにして歩いている。

今日は…誕生日だ。

テオが珍しく気を利かせて、オケのメンバーとちょっとしたサプライズを用意していて、
やっとの思いでリハを終えたらその瞬間にクラッカーが鳴り響き、
花やらタバコやら…それは小さなものではあったが、いろいろなものをもらってしまった。
こんなふうにして、たくさんの人にサプライズなどといって祝ってもらうのは、初めてかもしれない。
照れと戸惑いで言葉を出せずにいると、相変わらず不機嫌顔のコンマスまでが
“今日はリハを早く切り上げられるようにしてやったのがプレゼントだ”と言いだした。
「奥さん待ってるんだろ? 早く帰ってやれよ」
というテオの追い討ちをかけるような言葉にメンバーからの口笛とどよめきが起きる。
「merci」と言って二の句が継げなくなったところで
「今日は手伝いしてくれなくても大丈夫だから!」とテオに追いだされるようにスタジオを出た。

待って……いるのだろうか。
今日が何の日だかは、わかっているはずだ。というか、教えた記憶はないが、知っていた。
まあ、あの女の変態度から考えれば、誕生日を調べるなんて造作もないことなのだろうが。
だけど、パリでの初めてのクリスマスといい、去年の誕生日といい、
つい先日のバレンタインといい…気合が入っているようで気を抜いていたり…
こんな部分でも、相変わらず行動が理解できない。
さすがに、あいつの誕生日に企画したサプライズパーティーは相当はしゃいでいたけど。
だからと言って今日何を考えているかなんて、まったく想像がつかない。
それどころか、この話題をなんとなく避けているフシが見られた。
オレの方も、自分からどこかに食事に行こう、とか言いだすのも少し情けない気がしたし…

それより、いちいちこうやって考えてしまう自分が相当情けなく思えてきたころ、アパルトマンに到着していた。



重い鉄の門を開くと、アパルトマンは静まり返っていた。
金曜日の夕方。フランクとターニャは今週末はフランクの実家に行くと言っていた。
ユンロンは…きっと今日も遅くまで練習をしているのだろう。
あいつも、そうか?

郵便受けを確認すると、母や由衣子からバースデーカードが届いていて、少しほっとしながら螺旋階段を上った。

さすがに……母親が息子の誕生日を忘れることはない、か。
少し重い母からの封筒を見て苦笑いがこぼれる。
さて、恋人はどうなんだ……

部屋のドアを開けると、案の定静まり返っていて人の気配はなかった。
が。
コートを脱ぎ、クローゼットに向かおうとして、異変に気付いた。

……あちこちに貼り紙らしきものがしてある。
明らかにのだめの字だ。

まずクローゼットには「1.ヨーコ」

とりあえずその紙をはがして他に何も書いていないのを確認してからクローゼットを開く。
そこにあったのは白い箱。開けてみると丁寧に仕立てられた白いシャツが1枚。
箱の底にはまたのだめの字で何かが書かれていた。

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これはヨーコからセンパイへのたんじょびプレゼントデス
次のコンサトでぜひ着てクダサイ、
とヨーコからの伝言デス

さて次はパソコンに向かいましょう♪
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……これは……予想外の展開だ。
シャツを手に、慌ててパソコンを起動する。

その画面に見えてきたものは、見覚えのないフォルダ。
アイコンまで不格好なハートのカタチをしている。

これだ!

フォルダを開くと画像ファイルがひとつ。
…いや、動画だ。

心の準備を整えながら、そのファイルを開くと、聞き覚えのある懐しい声が響いた。

「千秋ー!!誕生日おめでとう!のだめとうまくやってるかーーー!?」
「千秋様お誕生日おめでとうございます。今年こそのだめから千秋様を奪いにパリに行きます!」
「「千秋様ーお誕生日おめでとー!! のだめちゃんとラブラブもいいけど、私たちのこともたまには思い出してくださいネー」」
「千秋くん誕生日おめでとう。来年の誕生日はぜひ僕と一緒に愛を語り合いながら過ごそう」
「千秋君誕生日なんだって?ふーん、25?まだまだ若造だね。とりあえず変態ちゃんと幸せにね」

峰に真澄に…R☆Sのメンバーからのメッセージ…
最後に松田さんまで。相変わらずの騒がしさ…

懐しさに苦笑いしつつ、ふと手許を見ると、また貼り紙があった。

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日本のみんなからのメッセジ喜んでいただけマシタか?

さて次はデスクへゴー!

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ここまでくるともう夢中だった。
急いで机に向かうと、そこには鍵付きのちいさな箱がおいてあった。

この箱は見覚えがある。
子供のころ……この部屋に住んでいたころに、父親が買ってきた数少ないプレゼントのひとつだ。
子供のオレは、この箱に“タカラモノ”と称したがらくたを詰め込んでいたのだ。
いつのまにかなくなってしまったと思っていたら…
飽きてしまったころに、母が大事にしまっていたのだろう。

懐しさに思わず手に取ると、その下からまた紙が出てきた。


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この箱を開ける前に、
征子ママからのカードをちゃんと読んでクダサイね

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慌ててベッドに放り投げてあった由衣子と母からのカードの封を開けた。
母からのカードとともに、転がり出てきたのは小さな鍵。
確か…この鍵も見覚えがある。


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真一へ

誕生日おめでとう。
小さかったあなたが、もう25歳とは少し信じられません。
私も年を取るはずね。
あなたが小さなころ大事にしていた
“タカラバコ”の鍵、同封しておきました。
この箱に、今のあなたのタカラモノはきっと入らないでしょうけど。
今度のタカラモノは絶対なくしちゃダメよ。
一生大事にしなさいね。

                      征子
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カチリ、と小さな音を立てて、箱は開いた。
中から出てきたものは、ガラス玉、クリスマスのオーナメント、ミニカー、サッカー選手のステッカー…
子供のころ大事にしていた“タカラモノ”たちが、あのころのままにそこにおさまっている。
母はこれを…20年近くも大切に持っていたのだろうか。
自分の宝物だったものが、いつしか母の宝物となっていたのだろうか。

ひとつひとつを手に取りつつ時間をさかのぼっていたところでドアの開く音がした。





恋愛セオリー10のお題 「3.胸がいっぱいで」につづく。

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